ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






秋の夜長に貝原益軒『養生訓』を読む


今年は昨年とうって変わって異常に暑く、長い夏でした。冬よりも夏に悪化しやすいタイプのアトピーの患者さんにとって、さぞきつかったことでしょう。私は夏ばて気味のところへ冷房のききすぎや藪医の不摂生があたってか、ちょうど盆休みに夏風邪をひいてしまいました。発熱といいようのないだるさ、のどの痛み、筋肉痛、腰痛などにおそわれて、3−4日寝込みました。寒気はすくないものの、悶々として暑苦しく、口が渇き、汗がだらだら出ました。漢方の助けも借りながら盆明けの診療再開日にはなんとか治り、ことなきをえました。風邪をひくというのは、病気でもありますが、同時に一種の治療法でもあるようです。つまり、それまでの身体へのいろいろな無理がたたり、放っておけば重病につながるかもしれない前の段階で、発熱、全身倦怠などの症状を出させて強制的にからだを休ませ、本来の健康を回復させようとする「自然良能」のあらわれなのでしょう。                             
風邪で熱がでたらとにかく休んで寝るしかありません。ちょうどアテネオリンピック 2004が始まって、日本人の大活躍を寝ながら観戦できたのは幸いでしたね。皆様はいかがでしたでしょうか。

さて、秋風が立ち、静かにもの思う、読書に親しむ季節になりました。
今回は有名な貝原益軒の『養生訓』について少し紹介したいと思います。


健康長寿には日本型の養生が必要

人として生まれたからには健康長寿を願わない人はいません。そのためには、日本の気候、風土、文化や日本人の体質に合った養生、日本型の伝統的食生活の知恵(食養)をしっかり見直す必要があるようです。そして、その優れた面を再評価して積極的に日常生活にとりいれていくことは、日本人の本来あるべき健康をとりもどすことに役立つのではないでしょうか。           
今日、「生活習慣病」は増えつづける一方です。             
この背景としては、米飯を主食とし、発酵食品(味噌、漬け物、納豆など)、野菜、魚介、海草類などを中心とした和食から、欧米型の、いわば肉類、卵、牛乳、乳製品などの動物性食品にかたよった食習慣への変化、冷飲食、加工食品、アルコール飲料の多い食生活環境、それらによる栄養摂取の不均衡が第一にあげられます。     
それに加えて、車社会にともなう運動不足、職場や居住環境の変化、大気汚染、人間関係の複雑化によるストレスの増加、こころや情緒の不安定など、多くの要因が複合しているように思われます。
       
さて、ご承知のように東洋医学では、三千年の歴史のなかで人間と自然との協調関係をもっとも重視しています。    
人体は広大無辺な宇宙のなかの「小宇宙」であって、ひとは自然界の摂理にそくし、自然に順応して生きるべきことを教えています。            
そして、人間はひとつのまとまりのある全体的な存在であり、「心身一如」、「生体は一者」、といわれるような整体観、全体観によって「健康長寿」と「病を癒す」方法を説いてきました(『素問』、『霊枢』)。                         
時代はとめどなく変遷し、高度経済社会と近代西洋医学の長足の進歩にささえられた現代の私たちの生活は、自然からますます遠ざかってしまっているようです。いまさら昔にはもどれませんが、アレルギー疾患や生活習慣病を治し、予防するヒントが、この東洋医学や日本型の食生活、養生法などのなかに隠されているのではないでしょうか。


貝原益軒と『養生訓』の思想

さて、日本の近世の養生書としてもっとも有名なのが、貝原益軒の『養生訓』でしょう。益軒は江戸時代初期から中期にかけて生きた偉大な儒者であり、医者(漢方医)でもありました。      
71歳で筑前の黒田藩を退官後から「益軒十訓」といわれる教訓書十篇のほとんど(九篇)を精力的に執筆しました。『養生訓』は亡くなる1年前のなんと83歳(!)のとき(1713年)の著作なのです。
ひとの命は天から授かったものであるから大切にしなさい、たとえ虚弱にうまれついても養生さえよくすれば長生きでき、たとえ頑健に生まれついた人でも養生をしないと早死にする。そして人生の幸福はむしろ人生の後半にあるのだから、養生につとめ、できるだけ長生きし、人生の後半、つまり老いの楽しみを楽しもうではないかという、当時の江戸時代の人生観を背景にした人生指針が説かれております。  
そして、飲み過ぎ、食べ過ぎなどを戒める食養生や、よく手足を動かし運動不足にならないようにつとめ、怒ったり、悲しんだりすることを避け、さらに精神の安定がなによりも養生には必要である、という認識がなされております。

『養生訓』は、当時のベストセラーであったばかりでなく、約300年を経た現代にも通ずる、たいへん役立つ日本人のための養生書であり、ひとの生き方を教える書でもあります。本書は全八巻からなりますが、ここでは第一巻から第四巻の総論と飲食篇のなかから何節かを紹介し、ご参考に供します(意訳、文献より引用)。

養生の基本は「内欲をこらえ、外邪を防ぐ」

巻第一 総論 上:『養生法の第一は、自分の身体をそこなう物をさけ、とり除くことである。身体をそこなう物とは内欲と外邪とである。内欲(内から生ずる欲望)は、飲食の欲、好色の欲、眠りの欲、言語をほしいままにする欲や、喜び、怒り、憂い、思い、悲しみ、恐れ、驚き、という七情の欲を言う。外邪は、風、寒さ、暑さ、湿気の天の四気をいう。そこで内から生ずる欲望をこらえて少なくし、外部からくる邪気を恐れて防ぐことができれば、たえず健康で元気はつらつとして、病気にかからず天寿を全うすることができる。』

七情を慎む。こころを平静に、憂い苦しむべからず。

『日頃から元気を消耗することをなるべくさけ、七情をほどよく調えるのがよい。七情のなかでも、とくに怒り、悲しみ、憂い、思いを少なくすることを心がけることが大切である。欲を押さえ、心を平らかにし(平静にし)、気を和(やわ)らかにして、物事に動ぜず、騒がず、心はつねに平和で安楽でなければならない。憂い苦しむべからず。これがすなわち、内欲をこらえて元気を養う道である。またこうした心がけが、風、寒、暑、湿の外邪に勝つ力となる。』

天寿と養生の術『生まれつき元気で、身体強健な人でも、養生法を知らずに、朝夕に無理をして元気をそこない日夜精力を消耗したならば、与えられた天寿をたもつことなく早世してしまう。これとは逆に、天性虚弱で多病なものでも、それゆえに養生の術をまもって保養すれば、かえって長生きすることができる。』

「流水は腐らず」。よくからだを動かす

巻第二 総論 下: 『そもそも人の身体は、欲を少なくしてときどき運動をし、手足をよく動かし、よく歩いて、長いあいだ同じところに座っていないようにすれば、気血がよくめぐってとどこおる心配がない。「呂氏春秋」に、流水は腐らず、戸枢むしばまざるは、動けばなり、とある。流水は腐らないが、たまり水は腐る。開き戸を開閉する軸は虫が食わない。この二つのものは、たえず動いているからそうあるのだ。ひとの身体も同じ理であろう。』

養生は脾胃(胃腸)から。
腹八分目。ごはんが主食。


巻第三 飲食 上:  『飲食は生命を養う養分である。それゆえに、飲食の養分は人間が毎日欠くことのできない大切なものである。とはいえ、飲食は人間の大欲であって、好みにまかせて食べ過ぎると、脾胃を傷つけて諸病をひき起こし、命を失うことになる。……内臓が脾胃に養われることは、草木が土気によって成長するようなものである。養生の道は、まず脾胃を調える必要がある。』

腹七八分目の飲食: 『飲食物に出あうと、食べたいという心が強くなって食べ過ぎても気づかないのは、一般のひとびとの習性である。酒、食、茶、湯など適量と思うまえに、腹七、八分のひかえめにして、いま少し不足だと思われるときに止めるのがよい。飲食がすすんでからかならず腹十分になるものだ。』

ご飯が主食、副食はひかえめ: 『飲食する内で、飯を十分に食べないと飢えをいやせない。吸物は飯をやわらげるだけである。肉は飽くほど食べなくても不足しない。少し食べて食を増進し、気を養わなければならない。野菜は穀物や肉類の不足をおぎなって消化を助ける。すべて食べる理由がある。が、食べ過ぎることがいけないのは言うまでもない。』

食事は、抜くことも必要: 『朝食がまだ十分に消化しないうちは、昼食をとってはならない。点心(茶うけの菓子)などを食べてはいけない。昼食がまだ消化していなければ夕食を食べてはならない。前夜の夕食がまだとどこおっていれば、朝食をぬくのがよい。もし、前の食事が消化していなくても、次の食事をとりたいときは、量を半分に減らし、酒や肉は絶つべきである。およそ、食べすぎ、食あたりを治すには、飲み食いしないのに勝る方法はない。(絶食するのがいちばんよい。)絶食すれば軽い食あたりなら薬を用いなくても治る。養生の道を知らない人は、食がとどこおっている病気にも早めに食事をすすめるから、病が重くなってしまう。』

肉類はひかえめに。小食の効用

『肉を一きれ食べても、十きれ食べてもその味を知る点では同じであるし、果物でも一つぶ食べても百つぶ食べても味を知ることでは同様であろう。多く食べて胃腸を傷めるよりも、少しだけ食べてその美味を知るほうが、体に害がなくて勝っている。』

小食の効用: 『食べる量が少なければ、脾胃(胃腸)のなかに隙間があり、元気が巡りやすく、食物が消化しやすくなって、飲食したものがすべて体の養分となる。したがって体は丈夫になり、病にかかることも少なくなる。      
もし、食べる量が多く、腹の中がいっぱいになれば、隙間がなくなって、元気の巡るべき道がふさがり、食物は消化しない。それゆえ、飲み食いしたものは、体の養分とはならない。滞って、元気の道をふさぐこととなり、元気が巡らずに病となる。                              
およそ、大食い、大酒飲みは必ず短命に終わる。早くその習慣をやめるべきである。何度もいうが、老人は胃腸が弱いので、飲食に傷められやすい。おそるべきことである。だから、たくさん飲食してはならないのである。』

いかがでしたでしょうか。アトピーにかぎらず、どのような病気でも医薬だけにたよらず、からだとこころの積極的な養生にこころがけることが大切である、と江戸時代の庶民にも理解できるような平易な文体で説かれています。            
益軒は虚弱な体質であったがゆえに、とくに食養生について身をもって実践し、長命をえて、人生の幸福とはなにか、人はいかに生きるべきか、を生涯にわたり追求したのです。

おすすめの参考書

1)立川昭二 『養生訓に学ぶ』PHP新書、2001年
2)平野繁生 『上手に生きる養生訓』日本実業出版社、2003年
3)貝原益軒原著、松宮光伸・訳注 『口語養生訓』日本評論社、2000年
4)沼田 勇 『病は食から』農文協、健康双書ワイド版、2003年
5)西 勝造 『原本・西式健康読本』農文協、健康双書ワイド版、2003年
6)野口晴哉 『風邪の効用』全生社、1962年(最近の文庫本あり)     

(初出:アトピー養生記 第11回、リボーン)