ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






こころに残るアトピー長期治療の患者さん(その1)


日本の暑い夏がまたやってきました。そろそろ梅雨明けでしょうか。私自身、夏にたいへん弱い体質です。とくに病気はなくても自分が夏ばてしないよう、少しですが養生をこころがけております。
                              
食生活の面では、まず冷たいビールを飲み過ぎないことや、アイスクリーム、氷で冷やしたドリンク類を摂りすぎないように努力したいものです。暑いからといって胃腸をクーラーや氷嚢がわりにして(!)冷やし続けないことです。消化管の働きが潜在的に低下し(漢方的に脾胃の機能低下、脾虚といいます)、水分代謝が失調して(脾虚による痰飲、水毒)、お腹の張り、胃のもたれ、軟便、下痢、腹痛、食欲低下、などの胃腸症状を起こしやすくなり、結局、夏ばてにもつながります。消化管では毎日大量の水分の吸収や消化液の分泌といった水分の出し入れを行っています。この胃腸の水分代謝機能が慢性的に弱ってくると、東洋医学的にはその影響は全身に及ぶでしょう。

水毒によって皮膚という局所でも水の巡りがわるくなると、アトピーのむくみ、赤み、じゅくじゅく(滲出)、などの湿潤性皮疹を悪化させやすくなり、バリアー機能を低下させる一因になると考えられます。
夏はとくに冷たいものの一気飲みはいけません。ビールの飲みすぎをおさえるコツとしては、大ジョッキなどはぜったいやめて、できるだけ小さなグラスにつぎながら少しずつ飲むことです(夏でも私は冷えを感じると、熱燗を好みますが)。

夏といえば、温浴後の冷たい水かぶりに適した季節ですね。いずれ別項で詳しく紹介しますが、温浴と水浴または水かぶりを交互に繰り返す『温冷浴法』は、寒熱のバランスをとり、温浴だけのときの発汗過多が少なく、発赤をおさえ、痒みを軽減し、気分を楽しく、爽快にしてくれます。ふだん家庭で手軽にできる皮膚機能改善法なのです。湯上がりに水のシャワーを1分間くらい全身に浴びるだけでも効果的です。とくに若い、元気な人にはおすすめです。ぜひ、やってみませんか。私はもう17歳頃から約40年来、夏は温冷浴なしでは暑くてやりきれず、過ごせません。

さて、今回は印象に残る患者さんをすこし紹介しましょう。

【ケース1. 19歳、男子予備校生】

患者さんの主訴は、難治性のアトピー性皮膚炎で体全体の痒みがつよく、皮膚が赤黒いことです。
5歳頃よりアトピーを発症しました。高校入学後より悪化するようになり、皮膚科諸医にて、ステロイド外用剤を中心に長期間治療してきましたが改善することはなかったそうです。1年前より漢方治療に救いを求め、某診療所に通院。
漢方薬はエキス剤で、温清飲(うんせいいん)・荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)・消風散(しょうふうさん)などの2−3種類の併用と非ステロイド外用剤にて加療中ですが、目に見えた改善はありません。そこで、煎じ薬治療を希望し、1994年4月筆者外来(前勤務先の都立大久保病院東洋医学科)を受診しました。

初診時の身体所見では、身長172cm、体重71kgと体格大で栄養良好です。血圧122 / 80と正常。舌診(漢方的な舌の視診)では、舌は鮮紅色で、厚い黄白色の舌苔に覆われ(漢方的に湿熱がこもっている、つまり炎症が強いことを反映)、脈診は弦・滑(精神的ストレスを反映し、水毒もある)。腹部の診察上、異常ありません。

皮膚所見では、全身皮膚は乾燥し、赤褐色調です。顔は比較的良いのですが、首、両肩、上胸部、背中、四肢屈側(肘、膝の内側)など全身に、赤み(発赤、紅斑)、苔癬化・肥厚(炎症の繰り返しによって、皮膚がガサガサとなり厚くなった状態)が著明です。痒みのため掻きこわしや落屑(皮膚がぽろぽろはがれる)も高度で、両下腿部に痒疹(とくに痒みのつよい、小さく盛りあがった皮疹)などを認めました。

食欲はとても良好です。痒みのため不眠で、便秘がち。口が渇き、冷たいものを多飲し、上半身のほてり、脱毛あり。体がだるい。浪人中でストレスが多い。飲酒(−)、喫煙(−)。食生活では、塩辛いもの、野菜、豆腐が好き。
臨床検査では、血清IgE は1400 IU/ml.と高値のほか、異常なし。

【治療経過】
専門的にはいわゆる血虚・血燥と湿熱・血熱の混在した漢方的病態と認めました。そこで、『当帰飲子合黄連解毒湯加減』という筆者が工夫した経験的処方に大黄という排便を促し、熱をさます生薬を加えた煎じ薬を投与しました。
この処方は、乾燥肌を潤し痒みを去る当帰飲子(とうきいんし。養血去風)から地黄(じおう)という生薬を除き(地黄はときにアトピーの湿疹悪化の副作用を生じやすいため)、皮膚の防御機能を高める黄耆(おうぎ。益気固表)を増量して、炎症、赤み、痒み、イライラを鎮める黄連解毒湯(おうれんげどくとう。清熱瀉火解毒)を合方し、さらに、蝉退(ぜんたい)、苦参(くじん)を加えて鎮痒効果を強めたものです。今から約10年前当時のまだアトピーの経験が乏しかったころの、試行錯誤的処方です。

また、ステロイド混和剤(ステロイド軟膏とワセリンを混和)を少量外用とし、自家製中黄膏(炎症のつよい湿疹用の日本の漢方軟膏)をすすめ、抗アレルギー剤、抗ヒスタミン剤(アタラックスP)をそれぞれ、通常量の1/2量併用としました。その結果、3週後の2診時には便通が順調となるとともに赤みは軽減し、落屑が著明となりました。5週後、痒みが軽減しましたが、まだ背中の発赤が中等度あり、炎症をとる連翹を加えてみました。
7週後、なお発赤が続くため院内の皮膚科併診を依頼し、2群(ベリーストロングクラス)のステロイド(テクスメテン・ユニバーサルクリーム 10g)を保湿剤(ヒルドイド 20g)でうすめ混和した外用剤を処方していただきました。それとともに、私からは日常生活の注意、スキンケアの徹底、食生活の改善指導(和食中心)をくりかえし行いました。                                     
その結果、以後順調となり、体の大部分の赤み、皮疹、苔癬化は改善し、褐色調の色素沈着、痒みも軽快し、ステロイド外用剤は中止いたしました。19週後、頚部にだけ残る難治性皮疹にたいして、4群ステロイド剤(メディウムクラス)単独の局所外用としたところ、以後皮疹は略治し、29週後には、同剤を中止しましたが、リバウンド症状は認められませんでした。

その後も皮疹の再燃を認めず、治療1年後にはめでたく希望の専門学校へ進学されました。そして保湿剤と漢方煎じ薬の治療を数年間続け、在学中はアトピーの再燃悪化がなく、良好なコントロール状態を維持いたしました。在学中、生活環境の変化や精神的ストレスも多く、私の処方内容もいろいろと変遷しましたが、養血去風、益気固表と清熱利湿という基本方針によって処方し、この患者さんの場合、有効と考えられました。

【その後の経過】
1998年12月からは私の赴任先(つるかめ漢方センター)を半年ぶりで受診。今春卒業後、就職しており、立派な社会人となっておられました。
もともと悪かった背部には軽度の苔癬化の部分を認めましたが、痒みは少なく、コントロール良好でした。血液検査で、IgE値も低下を認め、本人のご希望もあり、再び煎じ薬を加減しながら続けました。99年5月以降は3ヶ月に一度(1ヶ月分の処方を出す)の受診となり、ステロイドは悪化時にごく少量使うのみでした。
99年12月を最後に受診が途絶え、漢方も中止となり、音沙汰がなかったのですが、2002年11月、3年ぶりで来院しました。今年の夏から背部に皮疹が再燃し、2週前から全身性に拡大してきた(頚部、肩、四肢屈側)といいます。口渇、多飲、便秘あり。舌診や脈診の所見も悪化を反映していました。

漢方は仕事も忙しく、また、重症ではないと判断したのでエキス剤とし、白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう。赤み、ほてり、口渇をとる)と黄連解毒湯の併用、大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう。便通薬)少量とし、からだの炎症の強いところに3群ステロイドのプロパデルム・クリームを投与。1週後には軽快し、2ヶ月後(2003年1月)には寛解状態となり、ステロイド外用剤も徐々に中止しました。
以後来院せず、休薬していましたが、2003年4月受診されました。この間、アトピーの悪化はなかったということです。背部には軽度のニキビ様の皮疹をみとめるが発赤なく、苔癬化は軽快していました。処方はエキス剤で、荊芥連翹湯(穏やかな消炎とアレルギー体質の改善)、白虎加人参湯の通常量の各2/3量、必要に応じて抗菌剤クリーム(毛嚢炎)、ヒルドイドソフト(保湿剤)としている。初診以来すでに9年を経た現在、アトピー性の皮疹は認められず、皮膚も潤っており、QOLはきわめて良好に保たれ、経過観察中です。