ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






アトピーに対する温冷浴、水かぶりの効用


【私の消夏法】

地球温暖化の影響か、日本の夏は今年も猛暑でした。
筆者は若いころから、夏の「暑湿」にはたいへん弱い体質。夏ばてして、まいってしまうのです。高校生のころ、甲子園球児をテレビで見て、どうしてあんな炎天下で野球ができるのだろうか、とたいへん羨ましくも不思議に思ったものでした。
スポーツにはあまり自信がなく、医者になってからもゴルフもやらない(できない!)ので、医局のゴルフの話題は苦手です。それでも子供のころから草野球は人並みにやっており、都立大久保病院(前勤務先)では医局の野球クラブに入れてもらいましたが、外野を守って2〜3戦目にして早くも五十肩(当時、ちょうど五十歳!)を患い、戦線離脱してしまいました。しかし、真夏にクーラーのきいた部屋でプロ野球を観戦するのは大好きなのです。大リーグ中継もよく見ますし、今年の野茂の日米通算二百勝達成(2005年6月)には感動しました。

大学を卒業してから30数年、子供達は全員社会人となっておりますが、夏負けもなく、自分に似ず元気そうなので、ほっとしております。
長男には小さいころに水かぶりの効用(かぜをひきにくくなる、などと)を教えたものですが、本人は医者になってからもこの習慣を続けているようで、親のほうがビックリです。
40数年ほど前、当時筆者は高校生で、夏休みともなれば民間の健康道場のような施設に出入りして、なんとか丈夫なからだになろうと努力していたのです。太宰 治の作品のなかでも数少ない青春小説に『パンドラの匣』というのがありますが、療養生活を送る主人公の青年のような、苦くも希望に燃えた心境が当時の自分にはあったようです。そこで一週間の本断食(水道水以外はなにも摂食しない絶食法)をなし遂げたときは本当に空腹と脱力感でつらかったものですが、そうしたことがきっかけで胃腸虚弱体質もだいぶ改善され、自信がついて、なにごとにも忍耐強くなったような気がいたします。
しかし、医師としての自分にはこうした断食療法は医学的に危険性もあるので患者さんにすすめることはしませんが、「すまし汁」や、医学的必要性に応じて糖電解質輸液(点滴注射)を併用するといった、安全性の高い医師管理下の絶食法をおこなう施設があるとうかがっており、私も機会があればそうしたところでオーバーホールしてみたいと思っています。

さて、そのような彷徨の時代に、ある健康法で自分がもっとも気に入ったのが、温冷(交互)浴です。冷たい水槽(摂氏16〜20度)と普通の浴槽(40〜43度)に約一分間づつ交互につかり、5〜7回ほど繰り返して、最後はかならず水浴で仕上げます。水槽がなければ冷水のシャワーを浴びてもよいのです。時間調整には一分計の砂時計を利用するのが便利です。

『水、湯、水、
湯、水、湯、水の温冷浴、
一分毎に健康になる。』

という和歌を口ずさみながらやるのもよいでしょう。

最初の水だけは冷たいので遠慮したい、という向きには、

『湯で始め、
水、湯、水でも温冷浴,
一分毎に美肌になる。』

これが真夏の筆者の健康法となってからかれこれ30年以上にもなりました。
最初の水浴はたしかに冷たいのですが、慣れれば水浴中の爽やかさは味わったものでなければわかりません。この温冷浴をすませた直後は、全身の自律神経系のバランスが回復されるせいか、なんとも心がやすらぐ気分となり、疲労感が吹き飛んで、真夏の強い陽ざしへの恐怖感もやわらぐのです。
しかし、都会周辺の水道水はいけません。夏は水温が二十数度以上と高いため効果が少ないように思われます。信州大学医学部在学中は長野県松本市の水道水は、夏でも井戸水のように適度に冷たく、下宿先の許可をえて温冷浴をやったものです。東京に帰ってからは、やむなく水風呂に大きな氷を張ったりしたこともありました。

卒後、五年目に宇都宮市に転居して、D医科大学と国立栃木病院に勤務しましたが、嬉しいことに宇都宮の水も有名な日光を水源としているためか、松本と同様に冷たく、うまい水とわかり、快哉を叫びました。わが家を新築したときも、温冷浴室を作ったことはいうまでもありません。学生時代は厳寒の真冬でも水風呂に入って(!)英気を養ったものでしたが、さすがに近年は遠慮して、かぜをひかない程度の水温に調整したシャワーを浴びる程度にしています。

さて、夏ばて、夏負けには、漢方の世界では清暑益気湯(せいしょえっきとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などが有名で、患者さんの処方件数も急増しますが、風呂上がりに冷たい水をかぶるということも大いに有効と思われます。
体力のない人(虚証のタイプ)ではまず足もとのほうから水をかけて徐々にならして、下半身(臍や腰から下)、さらに全身に及ぶようにすればよいのです。アトピーの若い患者さんたちには外来診療の合間に食生活の改善事項とともによくおすすめしているわけです。


【温冷交互浴の効用─水浴後でかゆみ減少】


ここで入浴後の「水かぶり」、温冷交互浴の効用をまとめておきますと、

■温冷の交互刺激によって肌をひきしめ、熱をさます。
■自律神経系のバランスが回復される。
■内因性のステロイド分泌を高める。
■温浴だけでは痒みが増強するが、水浴後は痒みも減る。
■ストレスが発散され、気分爽快になる。
■皮膚呼吸がさかんになり、薄着に慣れ、カゼをひきにくくなる。
などがあげられるでしょう。

温浴だけで風呂から上がるとアトピーの炎症が強い時期では赤みと痒みは増強しがちです。冷たい水をかけて熱と寒とのバランスをとることはおそらく合理的だと思います。
アトピーの東洋医学的な病態には議論がありますが、筆者には湿熱(しつねつ)、血熱(けつねつ)などといわれる熱(炎症)が重い状態と、肝鬱(かんうつ。心理的ストレスがたまって発散されないことによる諸症状)、脾虚(ひきょ。胃腸の消化、吸収や水分代謝のはたらきが低下した状態など)などの要因が大きいと思われるのです。
温冷浴法や温浴後の冷水かぶり、を積極的に日常応用くださり、熱をさまし、たまったストレスを発散し、気分爽快となった上で保湿剤や必要に応じたステロイド外用剤などによるスキンケアをして、さらに体質に合った漢方薬も服用していただければ、より効果的ではないかと愚考する次第です。また、夏の寝苦しい夜にも寝る前の温冷浴は最適です。

(本稿は、『漢方研究』1998年8月号の拙稿を書き直したものです。)