ドクター山内の漢方エッセイ

くらしに役立つ東洋医学
連載原稿 山内 浩






お酒の上手なつきあい方


紅葉の秋はみじかく、そろそろ冬の足音が近づいてきました。
お酒をのめる人にとっては、人肌に温めた燗酒が恋しい季節です。
酒は適量、少量であれば「百薬の長」といわれ、飲み過ぎれば「きちがい水」ともいわれます。
酒は人類の歴史とともに古くからあります。日本では2000年前、稲作を中心に農耕文化が発達していた弥生時代に、米を噛んで、唾液中のアミラーゼと空気中の酵母の作用により自然に発酵してできる日本酒が作られていたといわれます。
酒をつくることを「かもす」と言いますが、この「噛む」ということばが語源です。
アトピーのみなさまのなかで、お酒の飲み過ぎが医学的に問題となるケースはすくないと思います。
しかし、内科医としての日常の診療では、過剰飲酒、習慣飲酒による肝障害ほか、多くの臓器障害がみられます。高血圧、動脈硬化症、胃腸病、膵臓病(膵炎)、糖尿病、心臓病(心筋症)、精神神経系の障害などです。                  
また、飲酒は口腔や咽頭の癌、食道癌、胃癌、肝臓癌などの危険因子でもあり、WHOはアルコールがこれらの癌の原因であると警告してきました。酒、つまり主成分のアルコール(エチルアルコール)は、五臓六腑にしみわたり、脳や皮膚を含め、全身に影響を及ぼします。また、たとえ主因ではなくても過度の飲酒習慣が多くの病気を悪化させ、治癒をさまたげているようです。
今回は肝障害を中心に酒害についてお話しながら、酒害の予防や適正飲酒にふれたいと思います。

飲んだアルコールの代謝と処理能力

私は漢方専任の前は肝臓の専門医でした。地方の国立病院勤務時代、数百人の肝障害患者のなかでも、アルコール性の比率は高く、なかにはアルコール中毒ないし、アルコール依存症と診断される患者さんの治療には苦労いたしました。
日本酒一合に含まれるアルコール量はおおよそ二十一グラムで、ビールでは大瓶一本、ウイスキーではダブル一杯くらいに相当します。飲んだアルコールは胃と小腸(十二指腸)からすみやかに吸収され、その九割は肝臓のなかに入って、代謝(酸化)、解毒されます。肝細胞ではまず、アルコールがアルコール脱水素酵素によってアセトアルデヒドに酸化分解されますが、これは毒性がきわめてつよく、二日酔いの原因物質でもあります。次に、アセトアルデヒド脱水素酵素によって無害な酢酸に代謝され、体外に排泄されます。                                 
このようにして飲んだアルコールは処理されますが、アルコールの代謝速度は酒一合につき、約三時間、三合飲めば八時間以上もかかるのです。このように処理能力に限界がありますので、それを越えてアルコール負荷がかかれば、酔いも長く続き、肝臓の生理的な栄養代謝が障害され、肝臓その他の臓器障害が当然発症するわけです。
さらに、日本人を含め、東洋人にはアセトアルデヒドを代謝する酵素を生まれつきほとんど持っていない人や部分的に欠損した人が多く、約半数に認められます。こうした人は、お酒がまったく飲めない人か、少量で酔ってしまう体質の人です。     
お酒はけっして無理強いしてはいけません。もし酵素欠損者に大量飲酒させると急性アル中で急死する危険性がより高まります。若い人、学生にみられる一気飲みなど、もってのほかで、このような悪習は社会全体で絶対にやめさせなければいけません。

アルコール性肝障害の発病と進展

過剰飲酒(日本酒に換算して、一日三合以上、数年以上)を続けていると、「アルコール性脂肪肝」がまず発症します。肝臓(個々の肝細胞)のなかに中性脂肪がたくさんたまり、肝臓が腫れてきます。また、一日五、六合以上の大量を一週間連続飲酒しても脂肪肝になります。これはフォアグラのような状態ですね。               
つまり、アルコールは一定量以上飲めば、酒でもビールでもワイン、焼酎でも、また栄養状態のいかんにかかわらず、肝障害からまぬがれません。              
脂肪肝は肝障害の初期段階なので、自覚症状も軽いか、無症状です。血液検査ではγ(ガンマ)GTPの数値が上がる程度のことも多いので、多くのお酒のみは無視したがります。これを警鐘ととらえて禁酒、節酒することが重要です。肥満、過食は脂肪肝を促進します。
よくお酒をのむときには、つまみをしっかりとればよいといわれますが、チーヅや肉類、脂っこいものを摂りすぎるのは逆効果です。飲み過ぎ、食べ過ぎは高脂血症、肥満をもたらします。
次に、脂肪肝の状態のまま、過剰飲酒をつづけると、次第に肝臓内に硬い線維が増加して「肝線維症」といわれる段階に悪化します。また、一日七合以上というような、大量の連日飲酒によって、急性の「アルコール性肝炎」といわれる重症の肝障害をおこす例があり、ときに多臓器不全(肝不全、呼吸不全、腎不全など)を併発し致命的になります。                                     
こうした人では、多くの場合、医学的に「アルコール依存症」になっており、精神科の専門施設での診断治療などが絶対必要です。依存症では禁酒すると医学的にアルコール禁断(退薬)症候群(手のふるえ、不穏、発汗過多、血圧上昇、高度の不眠など、自律神経が過剰興奮した病態)が起こるため、自分の意志だけでは断酒がむずかしいのです。治療は専門施設で医学的ケアをうけながら断酒することです。
ちなみに、久里浜病院国立アルコール症センターでは早くからアルコール症にたいする専門的なリハビリプログラム治療をおこなっています。
それでもお酒を止められない人では、最終段階の「肝硬変」へと進展していくのです。

適正飲酒と臓器障害の予防

少量の飲酒にはいろいろと効用があります。少量であれば、心理的緊張をゆるめ、食欲を増進し、血圧を下げ、動脈硬化を予防するなどの医学的エビデンスがあります。人生の潤滑油です。
日本酒にして一日一合、多くても二合までが臓器障害をひきおこさず、人生をゆたかにする安全量です。できれば一合くらい(エタノール量として20グラム程度)にとどめるにこしたことはありません。そして、飲まない日を週に2日は作ることです。これはあくまでお酒が飲める体質の人の場合の例です。また、女性は男性にくらべ、アルコール感受性が高いため、より少量にすべきでしょう。
いまの日本では女性アルコール依存症が増えつづけていることが問題です。依存症の総数は二百五十万人以上ともいわれ、男女比は今や六対一以上と、近い将来、米国なみの三、四対一に近づくことが懸念されています。
とにかく日々、大量に飲む習慣をつくらないことでしょう。普段、多く飲めば、薬物としてのアルコール耐性がついてゆくため次第に飲酒量はふえてゆくでしょう。つまり、たくさん飲まないと酔えなくなるわけです。つねに適正飲酒量にこころがけていれば、その少量でいつもほろ酔い加減となります。たまには、はめをはずしますけれども・・・・。
肝機能障害、あるいは高血圧、糖尿病などがあり、しかも一日三、四合飲んでいる人(けっこう多いのです)には、私は禁酒しろとはけっしていいません。まず、当面の目標として、飲酒量を半分にするよう指導しています。休肝日も当然週に二日は作ります。それが実行できないような人の多くに依存症が隠れているのです。

お酒を楽しく飲むための養生

冷酒がはやっていますが、胃腸の弱いひとは冷飲は避け、温かい燗酒でちびりちびりやってください。
飲んだあとは早めに水やお茶を多めにのんでおくとよいでしょう。ウイスキーや焼酎などの高濃度の飲料は直接、食道、胃の粘膜を障害(アルコール性の急性胃炎、胃食道粘膜障害による出血など)します。できるだけ水やお湯割りでうすめてのむことで胃腸への刺激をやわらげることができます。

漢方では、すこしでも酒毒をへらすために応用される処方があります。黄連解毒湯(おうれんげどくとう)は赤みや炎症をとる、いらいらを鎮める、痒みを減らす作用などがあります。ご存じのようにアトピーにも有効ですが、お酒を飲む前に服用しておくと悪酔いを予防します。五苓散(ごれいさん)は浮腫を除き、利尿をつけますが、飲み過ぎたときに服用しておくとお酒による水毒状態(むくみ、頭痛、はきけなど)を軽減しますので、知っておくと良いでしょう。
常習飲酒は東洋医学的にも胃腸や肝臓に水毒や湿熱といわれる病態を慢性的にひきおこし、節酒や禁酒とともにそれらを除去する治療で回復が早まります。
最後に江戸時代の名医 貝原益軒の『養生訓』の飲酒についての記載を紹介します。

「酒は天の美禄なり。少しのめば陽気を助け、血気をやはらげ、食気をめぐらし、憂いを去り、興を発して、甚だ人に益あり。多く飲めば、又よく人を害する事、酒に過ぎたる物なし。・・・・人の病、酒によって得るもの多し。酒を多くのんで、飯をすくなく食ふ人は、命短し。かくのごとく多くのめば、天の美禄を以て、かえって身をほろぼすなり。悲しむべし。」

お酒は、飲める人は適度にたしなみ、健康長寿に役立てたいものです。

(初出:アトピー養生記 第11回、リボーン)